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日本人を救出するために戦火の中フライトしたトルコ航空 Vol.1
イランのフセインが、「イラン上空を飛ぶ民間機を撃墜する❣」
と、宣言したことがありました。

この時、世界の国々は、自国民の救出のために、自国機を手配して、自国民の脱出を優先した

この時、日本は、民間人を脱出させるための国有機を所有しておらず、日本人のみが、脱出できないと言う危機状況に陥った

この時に、在留邦人の為に飛行機を提供したのが、トルコ航空であった。

---転記始め---

日本人を救出するために戦火の中フライトしたトルコ航空

1985年、イラン・イラク戦争時にトルコ航空機が日本人を救出するために戦火の中フライトをしました。また、この出来事には、その約100年前に日本で起きた「エルトゥールル号遭難事件」というトルコでは教科書に載るほど有名な話が関わっていました。

更新日: 2013年05月05日

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mii10さん

●イラン・イラク戦争時に在留邦人を救出した元トルコ航空機機長が死去

トルコ航空機の元機長、オルハン・スヨルジュさん(87)が2月24日、イスタンブールで死去した

オルハン・スヨルジュさんはイラン・イラク戦争中の1985年、テヘランに取り残された200人以上の在留邦人を救出するため、トルコ政府が派遣した2機の航空機のうち1機の機長を務めた

イラン・イラク戦争時にトルコ航空機が日本人を救出した話とは、いったいどのようなものだったのでしょうか?

●イラン・イラク戦争時に日本政府から見捨てられた現地在留邦人

1980(昭和55)年に始まったイランとイラクの戦争は、5年経ってますます激しさを加えていた。1985(昭和60)年にはイラク空軍機はテヘランの民間居住域を空爆するまでになっていた。

さらにイラクのフセイン大統領は、イラン領空を「戦争空域」と宣言し、民間航空機もすべて撃ち落とすという、歴史的にも類を見ない声明を出した。

http://japan-on-the-globe.at.webry.info/

1985年3月17日、48時間の猶予期限以降にイラン上空を飛ぶ航空機は、無差別に攻撃するとサッダーム・フセイン大統領が突如宣言した

当時、イランの首都テヘランでは、毎晩爆撃が続いていた

イランにいる在留外国人は一斉に出国。在留邦人も脱出しようとしたが、乗せてくれる飛行機がない状態だった

各国の航空会社は自国民を優先して搭乗させていたため、日本人はチケットを持っていても飛行機に搭乗できなかった

日本政府は日本航空にチャーター便の派遣を依頼したが、日本航空のパイロットと客室乗務員が組織する労働組合は、組合員の安全が保障されないことを理由にいずれもこの要請を拒絶

自衛隊機の派遣は当時の社会党の「自衛隊を海外に出す事は、侵略戦争につながる」という主張による反対で不可能だった

日本航空は飛んでこないとの一報にイランにいる日本人は絶望の淵に沈んでいた

大使館員たちは全員イランに残る事を決め、日本人を脱出させるために全員徹夜で仕事をした。大使館員の中には死を覚悟し、両親に遺書を残した人もいた

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【2017/12/09 19:07 】 | みんなが知らないこと | 有り難いご意見(0)
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