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【朱印船貿易のその後】(ここをクリック)
朱印船貿易が広まると、これに乗って多くのキリスト教の宣教師が来日しました。キリスト教禁止令を徹底するためには、宣教師の来日を阻止する必要がある。
朱印船貿易の禁止が鎖国の大きな理由でした。
しかし、江戸幕府も、海外との貿易が莫大な利益を生むことは十分に認識していました。ですから、長崎に出島を作り、出島だけでは、オランダ・中国との貿易を許しました。これが、通商の国「オランダ・中国(明・清)」です。
このように、鎖国の江戸時代にもオランダとは通商関係があったので、オランダと国交があったと思われている方が多いのではないでしょうか。
しかし、オランダ、中国は単なる通商関係があっただけの国であり、正式な国交はしておりませんでした。
【江戸時代の外交】(ここをクリック)
江戸幕府は「通商の国(商業貿易のみの国)」の他に、「通信の国(心を通わせる精神外交の国)」がありました。それは琉球と朝鮮です。後の琉球は薩摩の属国となりますが、朝鮮は最後まで江戸幕府と正式な国交関係を維持し続けた国です。
ですから、正式な外交相手国朝鮮からの外交使節団、朝鮮通信使は江戸まで登り、幕府と国書を交換する国であったのです。
クイズの答えは「朝鮮」でした。
みなさん、正解でしたか?
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