
逆転の発想で、
画期的な遮音壁の開発に辿り着く。
いま、高速道路や建設現場などの騒音を減らす、画期的な遮音壁が注目を集めている。開発の発端となったのは、関西大学環境都市工学部の河井教授が、35年以上も前に発見した現象だった。
中学生の頃からクラシック音楽が好きだった河井教授。コンサートホールの音響に興味を持ち、関西大学の工学部建築学科(当時)で建築音響の理論解析を学んだ。そして大学院へと進んだ際、ある不思議な現象を発見した。
「音というのは、空気の粒子の振動によって伝わります。ある薄いプレート周辺の音場を数式で解析していた際、プレートに音が当たると、そのへり(エッジ付近)で空気の粒子が激しく振動していることに気づきました」
当時、その現象が遮音に応用できることには思い至らなかったという。コンピューターの計算能力にはまだまだ限界があり、膨大なデータを簡単に解析する術もなかった。
「数年前に関西大学の学生と遮音壁の研究を進めていた時、その現象を応用できないかと思い立ちました。道路遮音壁の先端に、どんな装置を取り付ければよいか研究を進めていましたが、関係式を変形して行った結果、プレートのエッジ付近での空気の粒子の振動を抑えれば、騒音を低減できるのではないかと考えたのです。私はそのような遮音壁を“エッジ効果抑制型遮音壁”と名付けました」
河井教授は理論解析を進め、プレートのエッジ付近で振動する空気の粒子速度を抑えることで、遮音効果が高まることがわかった。さらに驚くことに、音を止める方法として、柔らかく穴が無数に空いた布や多孔質材を採用。音が繊維の中を通る際に摩擦が起こり、熱エネルギーとなって吸収されるという原理に基づく。
「それは、遮音壁の常識を覆すものでした。通常はプレートの面を“音を通さない硬い材料”にして遮音します。“音を通す柔らかい材料”で構成することは逆転の発想だったのです」
世の中の役に立つ、
理論解析を追求し続ける。

河井教授の画期的な新理論は、製品開発へと動き出した。音響工学のプロである友人の荒木邦彦さんの協力のもと、日本板硝子環境アメニティ株式会社と高速道路に使用する遮音壁の共同開発をスタート。強度や耐候性なども検証を重ね、高速道路の騒音を大幅に減らす遮音装置「デュラカームE-fX®」が誕生した。「デュラカームE-fX®」は従来の一般的な遮音装置に比べて小型で薄く軽量でありながら、高い遮音効果を発揮。従来の一般的な遮音壁と比べて、体感で騒音を半分程度に減らすことができる。
「高速道路に設置すれば、遮音壁の高さを従来よりも3分の1程度低くすることができるので、空が開けて開放感が生まれます。また、工事現場でも活用すれば、近隣への圧迫感や日照の問題なども、ある程度は緩和されるかもしれません」
現在、数社との共同開発による遮音壁の製品化が進み、鉄道、工事現場、設備機器設置場所などへ導入されつつある。中国の企業からも引き合いがあり、すでに試験的な施工が始まる段階だという。
「私の取り組む理論解析が、世の中に役立つテーマに適用できないか、様々な方面で探してみたいと思っています。自分の理論をもとに騒音問題が緩和され、それが世界で使われるようになれば、研究者冥利につきますから」
遮音の研究は河井教授の研究の一部分だが、理論解析への好奇心は尽きることがない。
「研究とは、道がないものです。うまくいかない事の方が多いけれど、トライしてみないと成果も出ません。そのためには忍耐力が必要。また、既成概念にとらわれず、発想を変えることが大事です。夢は、もっと画期的な新しい理論を生み出して、もっと良い音環境をつくることです」