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土佐の宗田節について(転記記事)

【公式】高知家 TVCM『高知の宗田節…』






---転記始め---

高知県

土佐の宗田節について

公開日 2014年12月17日

 宗田節は、カツオの仲間のソウダガツオで作るカツオ節の一種のことで、深い味わいを出すための素材として、プロの料理人に親しまれています。高知県西部にある土佐清水市は知る人ぞ知る宗田節の一大産地で、高知県は生産量日本一です。
 ソバやうどんのつゆに深い味わいを出すために欠かせない、だけど表には顔をださない隠れた仕事的な素材「宗田節」を紹介します。

ぶっしー君

宗田節とは?

 宗田節とは、カツオの仲間である「マルソウダ」から作られるカツオ節の一つです。
 宗田節の使い方は、カツオ節と同様ですが、カツオ節より旨みが強く、香りが強いことから、料理にコクを出すために欠かせない素材として、プロの料理人に親しまれています。
 また、疲労回復に効果があると言われているタウリンをはじめ、多くのアミノ酸類の含有量がカツオ節より多いことも特徴の一つです。

宗田節の成分グラフ

土佐の宗田節

 宗田節の原料となるマルソウダは、高知県では「メジカ」と呼ばれています。高知県は、宗田節の生産が盛んな土佐清水市や大型定置網漁業の盛んな室戸市を中心に、全国1位の漁獲量(※)を誇っています。
 節納屋(ふしなや)と呼ばれる宗田節の加工場が集まる土佐清水市では、ウバメガシなどの天然木で節を燻す昔ながらの方法が受け継がれていて、町中が宗田節の香りに包まれます。
(※)平成27年度漁業・養殖業生産統計 「そうだがつお類」

メジカの説明ssoudabushi

宗田節ができるまで

宗田節の製造工程

宗田節を使った商品

 高知県で生産される宗田節は、これまでは主に関東や関西などの業務筋(流通卸問屋など)への出荷が多く、一般への小売はあまりされていませんでした。しかし、最近では一般消費者からのニーズの高まりなどから、ご家庭で使いやすい削り節のほか、風味の強いダシが出る宗田節の特徴を活かし、ダシ醤油を手軽に作れる商品やドレッシングなど、ギフトやご家庭での普段使いでも扱いやすいような商品が増えており、宗田節の美味しさをより身近に楽しんでもらえるようになっています。

<宗田節の削り節>

宗田節商品2

<宗田節を使ったその他の商品>

宗田節商品1

(※)高知県内の事業者の方で、県産の宗田節関連商品の掲載をご希望の方はご連絡ください。

---転記終わり---

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【2019/01/23 19:36 】 | みんなが知らないこと | 有り難いご意見(0)
流体革命(石油の利用) (転記記事)

---転記始まり---

キッズミュージアム

流体革命(石油の利用)

現代のエネルギーを支えているのが石油じゃ。石油はいろいろな目的で使われ、みんなのくらしや産業を支えておるんじゃよ。

1859年に、アメリカで新しい石油の採掘技術が開発され、石油の大量生産が可能になると、その利用方法も急速に発展しました。 さらには、1950年代に中東地域やアフリカに相次いで油田が発見され、エネルギーの主役は石炭から石油へ移行しました。これを「流体革命」または「エネルギー革命」といいます。

大量に安く供給された石油は、さまざまな交通機関や暖房用熱源、火力発電の燃料、化学せい品の原料として、その消費量は飛やく的に増えました。

流体革命(石油の利用)


---転記終わり---

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【2019/01/22 19:41 】 | みんなが知らないこと | 有り難いご意見(0)
世界初の鉄道路線 Vol.3(転記記事)
世界初の鉄道路線 Vol.1(転記記事)(ここ をクリック 目)

世界初の鉄道路線 Vol.2(転記記事)(ここ をクリック 目)

の続き
(この項おわり)

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【2019/01/20 20:23 】 | みんなが知らないこと | 有り難いご意見(0)
世界初の鉄道路線 Vol.2(転記記事)
 
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(この項おわり)


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【2019/01/20 15:03 】 | みんなが知らないこと | 有り難いご意見(0)
世界初の鉄道路線 Vol.1(転記記事)


---転記始め---

西暦1825年 - 世界初の鉄道路線

石炭輸送のために
ロコモーション号
産業革命の過程で石炭の輸送需要が高まった。
鉱山から採掘された石炭は馬車で運河まで運ばれ、船で工場まで運搬された。しかし、運河を掘るためには莫大な費用がかかり、新しい運送手段が求められていた。

そんな中、1804 年にトレビックが蒸気機関車を開発し、南ウエールズのペニダランという町にあった鉄工所の構内に鉄道を敷き、時速6 キロで走行させることに成功した。
その後、1825 年、ジョージ・スティーブンソンは、イングランド北部のストックトン=ダーリントン間の 61 キロに世界最初の鉄道路線を敷設し、そこを走行する蒸気機関車「ロコモーション号」を開発した。
ロコモーションは全長9 メートル、重量6.5 トンという小型機関車であったが、20 トンの列車を時速20 キロで牽引することができた。
しかし煙管が短いために煙突から火炎を吹いて走ったので、火竜と呼んで恐れられられた。また、ボイラやシリンダの破裂事故も多発した。

1829 年、リバプール・アンド・マンチェスター鉄道に使用する機関車を選ぶコンテストにスティーブンソン親子が設計・製作した「ロケット号」で参加し、優勝した。
このロケット号はロコモーション号に比べて様々な点が改良されており、蒸気機関車の基本設計を確立した。その後、ジョージ・スティーブンソンは「蒸気機関車の父」と呼ばれるようになる。

1830 年、リバプール・アンド・マンチェスター鉄道が営業運転を始める。インドや新大陸で収穫された綿花がリバプールの港からマンチェスターに運ばれ、綿織物に加工され、再びリバプールから世界中へ輸出された。
1840 年、初めて列車時刻表が公表された。鉄道は馬車よりも格段に速く、各地の時刻のズレが問題になった。
1847 年、イギリスの鉄道会社各社が集まり、すべての鉄道時刻表は現地時間ではなく、グリニッジ天文台の時刻に準ずることで合意した。

この時代の世界

地図データ
地図データ ©2019
地図データ地図データ ©2019
地図データ ©2019



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【2019/01/20 10:19 】 | みんなが知らないこと | 有り難いご意見(0)
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