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東洋のシンドラーと呼ばれる、杉原千畝から始まる話 ❣(続き)

そんな杉原より2年以上前にユダヤ人を救った男がいた。

その男の名前は、樋口季一郎である。

樋口 季一郎(ひぐち きいちろう)1888~1970
日本陸軍の軍人。兵庫県の淡路島出身。
「星の生徒」と呼ばれるエリート軍学校である「大阪陸軍幼年学校」に進学し「陸軍士官学校」「陸軍大学校」を経て、満州、ロシア方面部署などに配属。
歩兵第41連隊長、第3師団参謀長、ハルピン特務機関長、第9師団師団長等を歴任した。最終役職は第5方面軍司令官兼北部軍管区司令官である。

 

杉原千畝氏はよく知られているが、樋口季一郎氏があまり知られていないのが、残念だ。

 

杉原千畝の映画やるみたいだけどどうせなら東条英機、樋口季一郎、安江仙弘がユダヤ人を助けた話も映画にすればいいのに。杉原千畝もよりも前により多くのユダヤ人を助けたんだぞ。ゴールデンブックにもゼネラル樋口、安江って書いてあるし。

ゴールデンブックに名前が刻まれた樋口

ゴールデンブックに樋口将軍という意味の「ゼネラルヒグチ」の名が刻まれています。

ユダヤ民族基金により、樋口季一郎の名前が記載されています。

イスラエルの首都エルサレムのユダヤ民族基金に保管されている。
ユダヤ民族基金が、ユダヤ民族に貢献した人物やユダヤ人を救出した人たちを顕彰している。

難民を救済した「オトポール事件」

昭和13(1938)年3月にモンゴルと満州の国境付近にあるオトポール駅で、旅費も食事も防寒服も満足になく凍死寸前の状況にあったユダヤ難民を保護し、彼等の命を救った事件

杉原千畝のビザ発給よりも2年も前の事です!

発給されたビザ、そして開かれた「ヒグチ・ルート」により、一説には2万人ものユダヤ人が救出されたという。



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ナチスドイツに迫害されたユダヤ人は、迫害を逃れるためアメリカ、英領パレスチナ、満州、上海、日本を目指した。

厳寒期の中、ナチスドイツの迫害を逃れ満州国まで逃げてきたユダヤ人難民。ドイツから逃れ、ポーランド、ソ連も難民を受け入れず、はるか遠くの満州国までやってきたのです。

信念を貫ぬき英断を下す。

極東ハルビン・ユダヤ人協会の幹部らは関東軍の特務機関長の樋口季一郎少将と会い、ユダヤ難民を救うように懇請します。

 
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【2018/06/30 13:10 】 | みんなが知らないこと | 有り難いご意見(0)
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