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鶏を盗んで、町人と 喧嘩をする 朝鮮通信使(転記記事)

---転記始めーーー
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鶏を盗んで、町人と 喧嘩をする 朝鮮通信使

2006年10月27日 | 支那朝鮮関連
言葉も国境も越える!日韓リアルタイム翻訳掲示板 enjoy Korea

日本人たちよ | 伝統
No.1541937  投稿者: unea27   作成日: 2006-10-24 17:11:51 閲覧数:137442  推薦ポイント:353 / 1

日本人たちは日本語ができましょう?
これ解釈ちょっと

 

tangent 10-24 17:11
これどこから持ってきたの? (´・ω・`)

unea27 10-24 17:12
歴史サイトから持って来たのヘソックゾムしてくれ

taewang733 10-24 17:13
?

tangent 10-24 17:12
多分気を悪くすることになるから、見なかったことにしてはどうだろうか。 (´・ω・`)

unea27 10-24 17:14
分かったの解釈ちょっと

qazxsw 10-24 17:13
こんな事、あったのか?w

osamushi 10-24 17:16
哀れすぎる・・・。

zarigani 10-24 17:14
本当に内容が知りたいnika? orz

soron 10-24 17:39
 ザリガニさん、読めるのがすごい!

unea27 10-24 17:16
ヘソックゾムしてくれ

carol 10-24 17:15
(* ̄- ̄)y─┛~~わろた!

qazxsw 10-24 17:17
朝鮮通信使と言うと、皆、両班かな?両班は庶民から物を勝手に取り上げても、お咎め無し?w

nene 10-27 19:25
 そういえば、日本も江戸時代とかの頃に朝鮮に見聞に行った白人の手記に、両半は庶民から奪えるだけ奪うので、庶民は働く気を無くし無気力だ、とか言う記述があったような。韓国人で泥棒なのは両半の気質なのかもしれませんね。

ravoisier 10-24 17:15
面白ス・・・((◎))^(`H´ ミэ )Э

filippa_j 10-24 17:15
鶏を盗んで、町人と 喧嘩をする 朝鮮通信使。 「朝鮮_人来聘記」 京都大学 所蔵

filippa_j 10-24 17:20
  削除した方が 良いだろうか?

soron 10-24 17:18
  ああっ、言っちゃった…(ノ_-。)

soron 10-24 17:23
  もう読んだと思うww

filippa_j 10-24 17:27
  探究心を尊重しようかと。。。ごめんよunea27

soron 10-24 17:18
え……、そのまま読んでいいの?本当に?

bozu1sei 10-24 17:16
あっちゃ~w

sabuibo77 10-24 17:17
国王の使いが泥棒なんてしていいのか?

tangent 10-24 17:19
もうひとつ興味深いことに気付いた。この絵では、朝鮮通信使は皆日本人より大きく描かれている。昔から体格が大きかったのかね。 (´・ω・`)

hana321 10-27 22:42
  菜食の人より、肉食の人の方が、動物蛋白取ってるから大きくなると思う(´・ω・`)

qazxsw 10-24 17:20
それにしても、国家の使節として、日本に来たのに、何をやってるのか? www

yasoshima 10-24 17:20
なぜか哀れみを感じさせる画像です。

yasoshima 10-24 17:21
「日本人は外交官特権が分からなくて」このようなレスは何時聞けますか?

numlk01 10-24 17:21
ちょっと悲しいですね。

tera1967 10-24 17:25
開いた瞬間爆笑しそうになったのだがw

unea27 10-24 17:24
捏造だ

ravoisier 10-24 17:28
  ちょっと、悲しいよね。((◎))^(THT ミэ )Эウンウン、わかる。わかるnida・・・

qazxsw 10-24 17:29
 でも、これは初めて見た。貴重な資料をありがとう。w

tyo1000zin 10-24 17:29
  ショックを受けるのはよくわかります。

pugyasu 10-25 08:49
  バロスwwwww

http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&page=2&nid=1776804

< #`Д´> アイーゴー!朝鮮通信使が日本で鶏を盗んで町人と喧嘩する図?捏造に決まってるニダ!
http://blog.goo.ne.jp/pandiani/e/a7f722e4ddaaf095d1e416121e19db1e





鶏を盗んで、町人と 喧嘩をする 朝鮮通信使
「朝鮮人来聘記」 京都大学 所蔵

 

江戸時代の日本人は、一般的に肉食はしませんでした。薬食いと称して肉食する場合でも、庭に鍋を出して匂いが家に入らぬよう団扇で扇ぎ、煮込みすぎてゴムのようになった肉を食べていたようです。幕府は、朝鮮通信使の食事のために雉や猪の肉を用意しました。しかし、大食の韓国人には少量だったようで、卵を産ませるために町人が飼っていた鶏を盗んで大騒動になることがありました。よほど、肉が食べたかったのでしょう。画像は、大坂で、鶏を盗んで逃げる朝鮮通信使と追いかけて来た日本人の騒動の様子です。

鶏を盗む時にも帽子を被ってるのが笑えます。

この掲示板に、朝鮮通信使が日本人の頭を叩いているように見える絵を掲示する韓国の人がいますが、実際に1764年、通信使(都訓導という職の中級官人)の崔天宗が日本人の下級武士(対馬藩の通詞)の鈴木伝蔵(Suzuki Denzou)を杖で叩く事件が起こりました。下級武士とはいえ武士ですから、杖で叩かれて黙って済ませるわけにはいきません。

鈴木伝蔵(Suzuki Denzou)は、その夜、崔天宗の喉を槍で突き刺し殺害しました。この朝鮮通信使随行員殺害事件は、重大外交事件であり、きっかけとなった口論や事後処理の過程も興味深いものがあります。当時の対馬藩隠居、宗義蕃(Sou Yosiari)は、こう語っています。「朝鮮国においては、人を打擲することを尋常と心得、また打擲にあった者もさしたる恥辱にも感じないという下貔の風習があり、今度の事件もそれが原因である。」嫌な風習ですね。

朝鮮通信使が在日韓国人研究者によって日韓友好の象徴として祭り上げられてから、その実態(負のイメージを含む)を明らかにすることが憚られるようになりました。明治以前の日本人は韓国人を蔑視していなかった。朝鮮通信使を尊敬していた。などと主張する人々がいます。しかし、朝鮮通信使について歴史資料を集めていくと、面白い事実が明らかになります。興味は尽きません。

enjoy Korea
http://han533.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=71604





「朝鮮通信使と鶏」考

先日、掲示しました「朝鮮通信使と鶏」の画像は、いろいろな所で引用され、反響の大きさに驚きました。
朝鮮通信使は、日韓の友好の象徴として美化されているので、このような絵を見ると、日本人も韓国人も驚いてしまうのでしょう。

この画像は『日韓中の交流』山川出版社からの引用です。

『船着場から上陸して町の中をうろついていた朝鮮通信使一行が、町人が飼っているニワトリを盗んで逃げようとし、日本人とけんかになっている。』

という説明文がついています。

『日韓中の交流』山川出版社 1800円。図書館で借りて読んだのですが、一応、筋を通して一冊購入しました。笑。山川出版社は、日本史の教科書を出版しています。どちらかと言うと韓国人にとって「良心的な」出版社です。笑。

この画像について少し調べてみました。

1748年(延享5)に来日した朝鮮通信使が淀藩領に入った際、接待役を務めたのは家老の渡辺善右衛門という人でした。善右衛門は「来聘記」を書き残しました。それには付図(来朝行列図)があり、この図の一部分がこの画像と思われます。

接待役の善右衛門にとって、このケンカ騒ぎは大事件のはずですから、「来聘記」に、この事件についての詳しい説明が書かれていると思います。翻刻がなされたら、是非読んで見たいです。
このころ、淀藩城下では、『猫は朝鮮通信使の大好物で、町中の猫を彼らがつかまえて料理して食べているので、町から猫がいなくなった』という噂もたっていました。

さて、この図の全体は縦横1.4Mもある大きなもので、複製が教育機関に配布されているようです。残念ながらネット上で見つけることはできませんでした。

しかし、面白い情報を見つけました。
それは、読売新聞2004年5月4日の「朝鮮通信使絵図作者子孫に戻る」という記事です。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~sans-culotte/topics297.html

記事の中の「朝鮮聘礼使淀城着来図」は、「来聘記」の付図(来朝行列図)そのものだと思うのです。記事の最後のところに、次の文があるからです。

『藤井教授は「日本の子どもと遊んだり、鶏を一緒に追いかける韓半島人の姿が活き活きと描写され、日本の民衆と交流していた様子がわかる」と話している。』

この文だけ読むと、日本の子供と朝鮮通信使のほのぼのとした触れ合いを想像しますが、実際に絵を見るとぜんぜん違います。右端には棒を振り上げて韓半島人に向かっていく日本人が描かれていますし、遊んでいる様子とはとても思えません。韓半島人が日本人より大きく描いてあるのは注目すべき対象であるからで、日本人が背が低いとか、子供であるとかそういうことではないと思います。

藤井教授が天然なのか、それとも、総連、民団が朝鮮通信使を日韓友好の象徴であり、かつ『自分たちの誇り』と位置づけているために、下手なことを言うと人権問題(笑)になってしまうのを恐れているのか、いずれにしても、このようにして朝鮮通信使の実態が隠蔽されているのです。笑。

http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=72306





日本人は朝鮮通信使をどう見たのか?

埼玉新聞

「あなたもチャングムの衣装で川越市内を練り歩きませんか」?。江戸時代に行われていた朝鮮通信使の
行列をまね、町民らが川越まつりで行っていた「唐人揃い」を復活させた仮装行列「復活!唐人揃い?朝鮮通信使?多文化共生・国際交流パレード」が十一月十二日、川越市内で行われる。日本と朝鮮の平和の象徴だった証の唐人揃いを復活させようと、市民団体「埼玉・コリア21」などを中心に各種団体で組織した実行委員会(江藤善章委員長)が昨年初めて開催した。今年二回目。

www.saitama-np.co.jp/news10/26/09l.html

「唐人揃い」という唐人行列が、川越で行われるようです。
記事には、次のように書かれています。

『唐人揃いが川越まつりで行われたのは、江戸時代の川越の豪商・榎本弥左衛門が九州から東海、江戸地域で行われていた朝鮮からの文化使節団の行列を見たのがきっかけ。その後、川越まつりで唐人揃いの仮装行列が取り入れられ、川越氷川神社祭礼絵巻にも記録が残されている。 』

川越氷川神社祭礼絵巻に描かれている唐人揃いの仮装行列を良く見ると、唐人の衣装を着て、魚の作り物を頭に被っている子供の行列であることがわかります。行列には、「浦島太郎」と「乙姫」を演じる子供がいて、全体として見ると、浦島太郎と乙姫の婚礼行列です。

「唐人揃い」は、朝鮮通信使を真似たものではなく、竜宮城の近くから来ると思われていた琉球使節を真似たものなのです。つまり、川越氷川神社祭礼絵巻に描かれた、江戸時代、町民らが川越まつりで行っていた「唐人揃い」の唐人とは琉球の人たちのことで、浦島太郎と乙姫の引き立て役として登場しているのです。
朝鮮通信使とは全く関係がないのです。

川越氷川神社祭礼絵巻が複数あるのでなければ、市民団体「埼玉・コリア21」は、明らかに嘘をついていることになります。笑。
江戸時代、祭りの仮装行列で演じられた朝鮮通信使行列には、「お約束」の唐人がつきものでした。
その唐人は、「賄い唐人」と呼ばれていました。日本人が創造した架空の朝鮮通信使です。

朝鮮通信使のうち、身分の高い人たちには、幕府からご馳走のもてなしがありましたが、下級身分の人たちは、米・味噌・卵などが支給されて、宿泊先の厨房で自炊していました。彼らは、支給されたもののうち、いらないものを売って好きなものを買ったり、上役の命令により密かに持ち込んだ朝鮮国の人参を日本の商人に売って金を得たりしました。このような行為から日本の庶民の間に架空の朝鮮通信使「賄い唐人」のイメージが生まれました。

「賄い唐人」は、朝鮮国の人参を売るために使う天秤ばかりと売買を記載する帳簿を持ち、鞍には、仕入れた兎や鶏が入った籠をつけています。
日本各地の祭礼で行われた仮装行列で、朝鮮通信使仮装行列の「賄い唐人」は、道化役として、見物客を楽しませていました。

画像を見てください。
鞍に兎が括りつけられています。
そして、左手に鶏を持ち、右手で引きちぎった羽根を口に入れようとしています。
この兎や鶏は本物ではなく、お菓子で作った作り物です。

賄い唐人は、日本の庶民が持っていた韓半島人に対するイメージを表現しているのです。
密かに朝鮮国の人参を売り、腹が減ると生肉を意地汚く食べ散らかす。
このような肉食の野蛮で滑稽な「賄い唐人」は、江戸時代の日本人が抱いていた「韓半島人のイメージ」のひとつなのです。
実際に、本物の朝鮮通信使が通過した町で、『猫は朝鮮通信使の大好物で、町中の猫を彼らがつかまえて料理して食べているので、町から猫がいなくなった』という噂がたったこともあります。
妙な市民団体が、日本各地で朝鮮通信使を模した唐人行列を復活させても、賄い唐人は決して復活しないでしょう。
今や、朝鮮通信使は日韓友好の象徴であるとともに、韓国人、在日韓半島人の「自尊心」と「優越感」そのものなのです。笑。

http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=72308

韓国/朝鮮通信使の真実
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=72325




イザベラ・バード『朝鮮紀行』より

「朝鮮の災いのもとのひとつに この両班つまり貴族という特権階級の存在がある。 両班はみずからの生活のために働いてはならないものの、身内に生活を支えてもらうのは恥じとはならず、 妻がこっそり よその縫い物や洗濯をして生活を支えている場合も少なくない。 両班は自分では何も持たない。自分のキセルですらである。 両班の学生は書斎から学校へ行くのに自分の本すら持たない。 慣例上、この階級に属する者は旅行をするとき、 大勢のお供をかき集められるだけ かき集め引き連れていくことになっている。 本人は従僕に引かせた馬に乗るのであるが、伝統上、両班に求められるのは究極の無能さ加減である。 従者たちは近くの住民を脅して、飼っている鶏や卵を奪い、金を払わない。」

両班 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%A1%E7%8F%AD





<汚名挽回ニダ・・・恥の上塗り>

朝鮮通信使の「鶏泥棒」はぬれぎぬ? ~「鶏が逃げ、それを捕まえようとした可能性も」ー京都新聞






<韓国によって粉飾される朝鮮通信使>

【日韓】朝鮮通信使の行列、242年ぶりに東京で再現 新宿駅を中心に29日から(写真あり)[10/25]
http://yomi.mobi/read.cgi/temp/news18_news4plus_1161777654/-100

朝鮮通信使の行列、242年ぶりに東京で再現

 【釜山25日聯合】17世紀以降から韓日の文化交流を担っていた朝鮮通信使の行列が、 242年ぶりに東京で再現される。 朝鮮通信使文化事業会が25日に明らかにした。29日午後12時から新宿駅を中心に行われる予定だ。
 1607年から派遣が始まった朝鮮通信使は、1811年まで12回にわたり日本に向かったが、 1811年は東京までたどりつけずに対馬から戻っている。 朝鮮通信使が最後に東京を訪れたのは1764年のこと。
 これまで朝鮮通信使の行列は対馬、大阪、牛窓(岡山県)、近江八幡などで再現されたが、 朝鮮通信使の最終目的地だった東京で再現されるのは今回が初めて。 昨年も「韓日友情年」を記念して再現が計画されたが、悪天候のため中止となっていた。
 これに先立ち28日午後4時からは、新宿区の四谷区民会館で朝鮮通信使と宮中衣装の ファッションショーや韓国伝統音楽の演奏会などが開かれる予定だ。

写真:9月に釜山で行われた朝鮮通信使の行列再現

http://file.yonhapnews.net/foreign/newsJP/2006/20061025193635.jpg
ソース:聯合ニュース
http://japanese.yna.co.kr/service/article_view.asp?News_id=512006102501800



【埼玉】「あなたもチャングムの衣装で川越市内を練り歩きませんか」  来月、川越で朝鮮通信使の行列をまねた「唐人揃い」[10/26]
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1161862292/-100

朝鮮宮廷衣装でパレード 川越で「唐人揃い」
多文化共生で国際交流 11月12日 参加者募集

   「あなたもチャングムの衣装で川越市内を練り歩きませんか」?。江戸時代に行われていた朝鮮通信使の行列をまね、町民らが川越まつりで行っていた「唐人揃い」を復活させた仮装行列「復活!唐人揃い?朝鮮通信使?多文化共生・国際交流パレード」が十一月十二日、川越市内で行われる。日本と朝鮮の平和の象徴だった証の唐人揃いを復活させようと、市民団体「埼玉・コリア21」などを中心に各種団体で組織した実行委員会(江藤善章委員長)が昨年初めて開催した。今年二回目。

「江戸時代の川越まつりに近づけるため多種多様な仮装行列の参加者を募集しています」と呼びかける実行委員会のメンバーたち=川越市内

 今回は朝鮮通信使や民族衣装だけでなく、高校生による沖縄エイサー隊やよさこいソーランなど多様な衣装の行列が参加する。同委員会は「江戸時代の川越まつりには朝鮮通信使以外に多様なパレードがあった。少しでもそれに近づけるためにも多種多様な団体が参加してほしい」と呼びかけている。

 唐人揃いが川越まつりで行われたのは、江戸時代の川越の豪商・榎本弥左衛門が九州から東海、江戸地域で行われていた朝鮮からの文化使節団の行列を見たのがきっかけ。その後、川越まつりで唐人揃いの仮装行列が取り入れられ、川越氷川神社祭礼絵巻にも記録が残されている。

 楽隊をはじめ曲馬や衣装が華やかだったことから、当時の庶民を熱中させ、全国でも各地の祭りの中に通信使の踊りや音楽、行列が模倣された。川越まつりでは一七七〇年に通信使の絵馬が奉納されていることから、おおよそ江戸末期まで続けられていたと見られている。

 当日のパレードは午後一時から三時まで、川越市の一番街と大正浪漫夢通りなどを練り歩く。朝鮮宮廷の役人だった通信使の衣装と庶民の民族衣装を着た参加者がパレード。その後からミャンマーやタイの民族衣装や音楽、踊りなどさまざまな人たちの行列が続く。

 パレードの参加には参加費が必要。

 問い合わせは実行委員会事務局(TEL048・686・7957)へ。

2006年10月26日(木)
http://www.saitama-np.co.jp/news10/26/09l.html

ホントは怖い「多文化共生」






<事実上の朝貢、しかも完全に見せ物・・・>

ちょうせんつうしんしらいちょうず
朝鮮通信使来朝図江戸時代 寛延元年(1748)ごろ 羽川藤永筆 69.7×91.2cm



本図は将軍職の交替の際などに来日した朝鮮通信使のうち寛延元年(1748)第10回の通信使を描いていると推定される。轎(かご)に乗った要人と、その一行が将軍への挨拶(あいさつ)を終えて、使館の浅草本願寺へ戻るため常磐(ときわ)橋を渡り、本町(ほんちょう)2丁目を過ぎていく情景を描いている。異国趣味あふれる通信使の容儀や、幕を張り屏風をたてた桟敷(さじき)で見物する群集の描写に筆者の羽川藤永は重点を置き、一種の記録画の雰囲気をたたえる。

神戸市立博物館:名品撰
http://www.city.kobe.jp/cityoffice/57/museum/meihin/077.html




---転記終わり---
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